第18回 石 弘光(いし ひろみつ)さん(一橋大学経済学部教授)
<プロフィール>
1937年生まれ。1965年、一橋大学大学院経済学研究科を修了、77年同大学経済学部教授。この間、ミシガン大学、オックスフォード大学などの客員教授を歴任。主要著書に「ケインズ政策の功罪」(1980年)、「税制のリストラクチャリング」(1990年)、「税金の論理」(1990年)、「国の借金」(1997年)がある。税制調査会、中央環境審議会などの委員。専門は財政学。


経済活動自体を根本的に環境の視点から見直すことが必要でしょう

幸田 地球温暖化や環境保全のために、二酸化炭素(CO2)の排出に課せられる炭素税という手法が日本でもクローズアップされてきましたが、これの長所はどういうところにあるのでしょう。
  一番の大きなねらいは市場メカニズムを使うということ。これと反対側にあるのが直接規制です。これまで、とくに日本が多用してきたのが直接規制です。しかし、規制がなじまない領域がある。家庭の消費行動や運輸部門は規制ではうまくいかない。そこで経済的手法が必要になってくる。その中でも最も価格メカニズムを利用した上で有効に働くのが炭素税です。万策尽きた上で出てきた対策と言うべきでしょう。


価格メカニズムを使って環境を保全する

幸田 最後の手段? 
  最後の手段であるし、やはりこれを導入しなくてはいけないのではないでしょうか。経済的手法としては排出権売買、それから税と反対の考え方で補助金やミクロ的にみるとデポジット制度がある。しかし一番広く価格というネットワークを使うのが環境税です。環境税についてはいろいろなことをつめないと「悪影響がある」という人がいたり、世界的に見て一国にだけ導入しても損をするという意見もある。地球温暖化に対して最も幅広い手段、ネットワークを使っているという意味では炭素税が有効でしょう。
幸田 ただ、産業界は自主的取り組みを強調していて、はっきり言って炭素税には反対の姿勢ですよね。やはりそれだけマイナスがあるからなんでしょうか。 
  自主的規制の欠点というのはフリーライダーをつくること。積極的に取り組む企業だけは一所懸命やったとしても、やらない企業もたくさんある。やった企業のおかげで環境の状況が上向いたとなると何もやらないところもその恩恵だけを受ける。そういう意味で自主的規制というのは限界がある。自主的規制にはペナルティーがないので困ります。
幸田 中央環境審議会での議論の際にもいろいろな意見が出ましたが、中には炭素税の導入は世界同時でないと日本から企業が国外へ出ていってしまうという主張もありました。 
  それに対して経済学者はいろいろな対策を考えています。
 世界の国々が同時に炭素税を導入することはあり得ない。そこで少なくとも先進国、OECDの29カ国の中でも経済規模が大きく環境に対して負荷を与えているような国が率先して立ち上がれば、かなり同時並行的に進むでしょう。その候補が日本だろうと思います。また先行的に実施しても、国境税調整をすればある程度は影響はさけられる。つまり、環境税を負担してつくって輸出するものには、税を安くする、逆に、環境税がないところでつくった製品には輸入関税を課するといった方法もあります。
 もう一つは経済成長が大幅に鈍化するほどの税率をかけなくてもいいじゃないかという案。この前、出した試算ではガソリン1Lあたり2〜3円という税率。ただし、税金を欠けていることがはっきりしないといけませんから、例えばガソリンスタンドで「これだけ炭素税をかけています」ということをはっきりさせる。消費税と同じ発想です。皆からもらう社会への参加費のようなものです。これを環境保全対策費に充てればいいじゃないかという考えです。
 一方で、2円程度の税負担では効果がないから20円くらいかけて10兆円集めた方がいいという意見もある。これを税収アップだけのためでなく、減税に充てる、環境保全対策費に充てるという形で民間に回せば、そう負担はないんじゃないかという説明です。ただし、その場合は化石燃料を多く使っている産業はネットで持ち出しになります。逆にクリーンなところは減税になる。ということは産業構造自体を化石性燃料依存型、炭素排出型から変えることになるというのが私たちの説明です。
幸田 先ほどの輸入関税をかけた場合、WTO(世界貿易機構)との関係はどうなるのでしょう。 
  それは今、玉虫色なんです。WTOがダメという可能性がありますが、「環境」という目的がありますから、通常の関税とは違うのではないかという期待感があります。また、そうでなくてはダメでしょうね。
幸田 お話をうかがっていると、炭素税が導入されることによって企業が大打撃を受けるというようなことではないのですね。
  僕らはそう思っているけど、企業側はそう思っていない。
幸田 どうしてでしょう。
  企業側は1970年代に経験した公害、典型的なのは水俣病やイタイイタイ病ですが、それに対応するべく最大限の努力をしたと言っている。それから窒素酸化物や硫黄酸化物の削減に対しても最大限の努力をしている。全然やっていない国とやった国を比較してもらっては困るということなんでしょう。しかし技術はどんどん進歩している。だから努力の仕方によってこれからも上積みできる。それからたぶんエコ産業というのが出てくるでしょう。マイナスなことばかりではなくて、産業構造上、新しい展開も開けてくるでしょう。
幸田 炭素税というとエネルギーにかけられますが、例えば鉱物や木材などの資質はどうなりますか。大量消費・大量廃棄の問題を考えるとリサイクル商品よりバージン原料を使った方が安いという問題があります。
 資源税ですね。炭素税というのはとらえにくいでしょうから、もっと広い意味での環境利用税という話はあります。
 このような環境税について次第に議論をしようというムードになってきたのは歓迎ですね。やはりアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスが動かないとダメでしょう。今、炭素税を導入しているのは、北欧4カ国とオランダというマイナーな国だけがやっているので、大国、G7ぐらいがもう少し本格的に動けばいいのですが。日本がここでリーダーシップをとるべきだと思います。


必要とされるニュートラルな議論と科学的知見

幸田 これから炭素税を導入するために日本にどんなことが必要なのでしょうか。
  まず、反対派も賛成派も同じ土俵にのって議論することでしょう。今は全然のってこないで土俵の外でジャブの応酬だけ。経済界もシンポジウムなどの公の場にはあまり出てこない。それでいて、遠く「反対」と言うだけ。これからはともに意見を闘わせることが一つ。
 それから科学的な知見、証拠を用意すること。計算の仕方によって環境税を導入すると日本がひっくり返ってしまうようなものから、たいしたことないという計算もある。影響の評価を科学的手法でやるべきです。さらに、省益や自分のところの組織防衛のためにこれを使うのはよくない。今や構造改革の時代ですから。ニュートラルな議論をしてもらいたい。
 そして国際間の調整なり、協調なりというものが不可欠だから、主要各国ごとにこうしたらいいんじゃないかと具体的な意見を交換し合うことですね。
幸田 資源の枯渇、大量の廃棄物、エネルギー使用による温暖化など、環境問題はすべて経済活動と切り離せませんよね。そうすると、経済の仕組み事態を変えざるを得ないのですか。
 もちろんそうです。結局、環境税を導入したからといってすぐさま目に見えて環境がよくなるとは思えない。環境税を入れたから自主的規制をやめると言われても困る。あくまでも総力戦なんです。環境税が抜けてしまうと総力戦にならないだろうと考えている。確かに、企業が自主的に取り組んで100%大丈夫だと言ってもこれまたフリーライダーの問題もあるし、企業の話しですべて終わるとは思っていない。企業の努力、直接規制に加えて一番重要なのが税制や排出権売買などの経済的手法になります。


行動のきっかけづくりを

幸田 経済のルールというのは環境問題の解決にとってかなめですね。
  そうですね。経済活動というのは生産と消費ですが、その中にダイレクトに影響し、最も広いネットワークを張っている価格機構を活用しましょうということです。これだけ使えば環境にダメージを与える、環境を汚染するということを言いつつ、価格を高めていけば、シグナルになる。そして、電気料金やガス料金が上がったら、テレビやトイレのウオシュレットの待機電力をカットしようという行動のきっかけになればいいと思う。
幸田 今の電気料金などですと、使えば使うほど単価は安くなり。大口ユーザーに有利にできていますが、炭素税を導入すればそれを是正することになるんでしょうか。
  そうなればいいと思います。何でも大口ユーザーやバブル買いが有利になるようになっている。長距離乗れば、自動車も電車も飛行機も安くなる。経済活動自体を根本的に環境の視点から見直すことが必要でしょう。
幸田 これは価値観の変化になるのでしょうか。
石  地球温暖化防止京都会議はいろいろな意味があるでしょうが、日本国民にとっては自分の生活パターンを環境の視点から見直すということになれば一番いいことじゃないでしょうか。どこまでいくかわからないけれど。少なくとも環境に対して不自然な、無視するようなごう慢な企業は徐々に排除され、家庭も環境保全を自分のものとして考えるというきっかけになればと思います。
(1997年11月21日東京都内にてインタビュー)

インタビューを終えて

 石 弘光先生が座長を務めた「環境に係わる税・課徴金等の経済的手法研究会」(事務局・環境庁)が今年夏に、炭素税や炭素税・エネルギー税併用案を提示したのがきっかけの一つになって、炭素税についての関心が日本でも次第に高まっているようです。 
 地球温暖化時代への突入という問題に正面から取り組んで、子供や孫の世代に健全な環境を引き継ぐためには、まず私たち自身が環境を守ることのコストを認識する必要があるでしょう。
 世界から1万人を超える人びとが集まって温暖化問題の対応策を話し合った京都会議(COP3)は、地球の環境が危ない状況にあることを広く国民に知ってもらうきっかけになりました。
 今はさらに一歩進んで、温暖化をもたらす原因になっている二酸化炭素の排出削減や、それを克服する新しい技術や知恵を促す有効な手段の一つとして注目されている炭素税の可能性について、あらゆる角度から具体的な議論や検証を始める時期にきているように思います。(幸田 シャーミン)




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