第6回 エイモリー B. ロビンズ(Amory B. Lovins)さん/ロッキーマウンテン研究所副所長
<プロフィール>
1947年米国ワシントンD.C.生まれ。ハーバード大学とオックスフォード大学に学ぶ。71年、オックスフォード大学のジュニア・リサーチ・フェローを辞め、地球の友イギリスの代表に。その後、さまざまな大学で教鞭をとるかたわら、エネルギー・資源問題に関する執筆活動を展開。また、米国エネルギー省審議会委員(80〜81年)やカナダ科学会議など欧米各国政府または州政府にエネルギー政策を提言してきている。79年以来チームを組んできたハンター夫人とともに82年に、非営利団体「ロッキーマウンテン研究所」をコロラド州に設立。
 著作は研究論文まで含めると数百に上るが、「ソフト・エネルギー・パスから永続的な平和への道」(時事通信社、79年)や「ブリトルパワーから現代社会の脆弱性とエネルギー」(同社、87年)など邦訳されている書籍もある。また、米国「ウオールストリートジャーナル」紙で「1990年代のビジネスを左右する世界の28人」の1人にも選ばれている。


日本はエネルギーの豊富な国ソフトエネルギーでジャンプを
利用者側からの視点〜ソフトエネルギーパス

幸田 あなたの「ソフト・エネルギー・パス」という考え方は簡単に言うとどういうことですか。
ロビンズ 20年前、私は『フォーリン・アフェアーズ』誌に、エネルギー利用の道が2つあるとする記事を発表しました。
 一つは、「ハード・エネルギー・パス」。中央集中型の大きい複雑な施設で、限りある燃料からエネルギーをつくる方法で、浪費を伴いコストが高くつきます。
 これに対して、私たちは問題を定義し直したのです。末端の利用者に、どのような種類、質、技術によるエネルギーをどれだけ提供すれば、最もコストがかからないですむか、と。それが「ソフト・エネルギー・パス」なのです。再生可能なエネルギー源を安く使うことができれば、限りのある資源に置き換わっていくことになるでしょう。
幸田 ソフト・エネルギー・パスというコンセプトを思いつかれたそもそもの動機は何でしょう。
ロビンズ ロビンズ エネルギー問題が難しくみえるのは、問題の設定の仕方が間違っているからだと、考えたのです。供給の側からではなく、末端の利用者の方に視点を移すと、一転して実行可能な解決策が簡単にみえるようになったのです。
幸田 その頃は何をしていらっしゃったのですか。
ロビンズ ロンドンでシェル石油のコンサルタントをしていました。
 エネルギーについて私が初めて本を出したのが、第一次オイルショックの2年前、1971年です。60年代末は人口問題、資源、環境などに関する本を読みあさり、将来大きな問題になるだろうと感じていました。
 本来の専門は物理です。「エネルギーの科学」とも言える物理学の知識は私にとって大切な基礎です。
 例えば、この20年、私は車の燃料のうち実際にドライバーを動かす分はなぜたった1%なのだろうと考えてきました。
幸田 たったの1%ですか。
ロビンズ そうです。80〜85%が車輪やエンジンに行き着く前に熱や音、排ガスとなって消えます。残り15%のうちの95%で車体を動かし、5%で人を動かします。なんだか納得いきませんよね。
 そこで、車体を軽くし、走行の滑らかさを増すことによって使用エネルギーを減らせばよいと考えました。これを実現させたのが「ハイパー・カー」です。


ハイパー・カー
グリーン産業ルネッサンス

幸田 ハイパーカーは非常に燃費のよい省エネ型の車という意味ですか。
ロビンス はい。燃費は車の大きさや装備により異なりますが、1L当たり35〜85km多く走り、普通の車より3倍から10倍効率が良いのです。99年前後にはマーケットに登場するはずです。製造方法は、鉄を打つのではなく、カーボンファイバーなどの合成素材を鋳型にはめてつくるので、車体の部品が少なくなり、製造時間が10分の1にまで短くなり、設備や道具の投資が大幅に安くなるのです。欧州と北米の自動車主要メーカーのほとんどやエレクトロニクス、航空宇宙産業なども研究開発を進めています。日本は私の知る限りまだのようです。
幸田 燃料はガソリンですか
ロビンズ なんでも使えます。液体でも気体でも。
幸田 材料はリサイクルが可能なものなのですか。
ロビンズ もちろんです。
メーカー間の開発競争をクリーンでグリーン、利益も上がる技術を広める推進力として利用することがこのプロジェクトの目玉です。
 自動車は、何兆ドルもの収益を生む巨大産業で、経済全体を通してGNPの3分の1に直接影響を与えています。ハイパーカーが与えるインパクトは計りしれません。私たちが現在知っている、自動車、石油、鉄鋼、電気、石炭などの産業が終わり、まったく新しい、環境にやさしい産業が始まることを意味しているのです。グリーン産業ルネッサンスの中核を担うことになるかもしれません。
 政府の助けも干渉もなく、これだけのことができるのですからとてもエキサイティングです。
幸田 というと?
ロビンズ 普通、技術的に成熟した自動車産業などの大企業で変革を行うには、税制や助成金制度の改革などの国の政策が必要です。
 ハイパーカーは、環境配慮型だから売れるのではなく、ほかの車より優れているから買ってもらえるようになるでしょう。ひと昔前CDがレコードを一掃してしまったのと同じです。
幸田 ハイパーカーは大気汚染の削減に役立ちますか。
ロビンズ 燃料、エンジンの種類で差がでますが、現在の10倍から1000倍の排ガス削減が見込めます。
幸田 スピードは落ちないんですか?
ロビンズ 従来の車より、速く、加速もよく、快適です。構造が簡単なので製造コストも低いのです。
 カリフォルニア州はこの車を「ゼロエミッション車」として今年の末に認める可能性が高い。地球温暖化防止にも非常に有効な手段となるでしょう。

技術が環境問題を解決するのか

幸田 ロビンズさんは環境問題の多くがソフト・エネルギー・パスによって解決され得ると考えていらっしゃるんですか。
ロビンズ 利益つきですよ。
 でも思い切ったジャンプが必要です。先日ある会社で「日本人は確実に一歩一歩進み、ジャンプはしない」と言われました。そんなことはないでしょう。
幸田 現在、中国などの多くの国で起こっている急激な都市化や人口増加が引き起こすであろうエネルギー需要の急増に対し、ソフト・エネルギーで乗り越えていくことができるでしょうか。テクノロジーだけで環境問題が解決できれば素晴らしいのですが・・・。
ロビンズ 20年前は15%〜30%程度のエネルギー削減可能性を議論していました。今や80%〜90%、時には99%がターゲットです。技術を改良する方法はどんどん高度になっています。
 一番私が心配しているのは、石油や石炭などの資源の枯渇ではありません。本来は再生可能だったのに、今ではそうでなくなりつつあるものについてです。例えば表土、生物多様性全般、さらに伝統文化、環境を大切にする知恵、社会的な忍耐などです。
中国は日本の風上にあるため、日本の環境上の利害からも最もエネルギー効率の良い技術を移転することが重要だと思います。中国は今インフラを整備している段階です。それを正しいものにするチャンスは1回しかありません。一度つくってしまったら、それをやり直す経済的な余裕がないからです。日本のように中国の近くに位置し、技術的に優れた国は最高の技術を移転することが大事なのです。
幸田 それでは企業は利益を得ることはできないのではないですか。市場メカニズムを考えれば利益は大切です。ただで企業秘密を投げ出すようなことをすべての企業が望むとは思えないのですが。
ロビンズ エネルギー効率の分野では、あまり秘密はありません。中国の最新の技術を移転し、競争力が高まったら困るというのは極めて近視眼的な見方です。中国の石炭の使用量が年間10億tから30億tに増えることによって気候に変化をもたらすようなことになったら、私たちはみなビジネスができなくなってしまうからです。


再生エネルギー豊富国、日本

幸田 エネルギー効率の面からみると日本はどういう国でしょう。省エネ優等生と自慢する人もいれば大変な浪費国だと嘆く人もいます。
ロビンズ どちらも正しいでしょう。製鉄、セメント、紙などの一部の産業では非常にエネルギー利用効率が高いのですが、すべてがそうではありません。
 日本でいろいろな企業を視察してみて、もっと改善の余地があることを実感しました。政府のエネルギー政策は依然として原子力発電を中心とした供給するためのテクノロジーで占められています。
 エネルギーと燃料は違います。日本は石炭、石油、天然ガスなどの燃料保有量は少ないのですが、エネルギーは豊富な国です。太陽熱、波、水、地熱が利用できます。実は再生可能なエネルギーは十分あります。
幸田 IEA(国際エネルギー機関)のデータによると、エネルギー供給と省エネルギーに対する公共支出の比は2000対1と言われています(1978年)。その後この状況は好転したのでしょうか。
ロビンズ スカンジナビアやオランダは非常に進歩しました。国によって大きな差がありますが、再生可能エネルギーの利用や利用効率の増大がエネルギー市場に浸透しつつあることは事実です。
 アメリカはこの17年間に、節約によって供給増加分の4倍の新しいエネルギーを得たのです。その3分の1は再生可能なエネルギーです。
 日本は主要先進国の中で政府が効率的な電気の使い方について研究開発予算をまったく出していない唯一の国なのです。
幸田 今回の来日は電力業界の招待だと伺いましたが、それは彼らが需要サイドの改善に目をむけたいということでしょうか。
ロビンズ 中部電力などはエネルギー利用効率に関心を示しています。全体として、この2、3年でずいぶん様子が変わってきたと思います。私はこれを加速するために何か協力できればと願っています。
 現在、八つの技術開発が合わさって電力システム全体が急速に変わる可能性が出てきています。発電所が遠く離れた集中型の大施設ではなく、家の屋根や地下室、ハイパーカーのような車自体に存在するようになるのです。すでに技術は完成しており、2年もすれば量産されるようになるでしょう。水素や天然ガスを使った燃料電池を利用するのです。
幸田 燃料電池が普及すれば発電所はどうなってしまうのでしょう。
ロビンズ お役御免で、博物館行きですね。近い将来、本当にそうなると思います。
 2010年ごろには私たちは巨大な発電所を、かつて活躍した蒸気機関車のように、過去の栄光として振り返る日がくるでしょう。
幸田 家の中で使う電気はどうなるのですか。
ロビンズ 燃料電池は水素エネルギーの60%または天然ガス中のエネルギーの50%を電力に変えます。残りのエネルギーで摂氏70度のお湯を住宅用として供給します。生成された水は飲料水としても利用できます。
 給湯で浮いたお金で天然ガスを買い、リフォーマーという小型の機械を通して水素をつくることが可能になります。これで全体としては電気代はほとんどかからなくなります。
幸田 本当にそんなことが起こるのかしら。
ロビンズ 結構早く実現すると思いますよ。そのカギを握るのがハイパーカーです。車への利用がきっかけとなって、燃料電池の普及が10〜20年はやめられることになります。いったん実用化されればメーカーが競って改良を加えていくでしょう。
この20年間の教訓は、一つの新しい技術開発を行うことが重要なのではなく、技術の新しい組み合わせによって思いがけない可能性が生まれるということなのです。個々の材料よりも全体のレシピが大事なのです。


「足るを知る」ことができるのか

幸田 今まで私たちは、短中期的な環境問題についてどちらかと言えば技術によって乗り越えられるという楽観的な話をしてきました。これから先、地球の資源がどれだけ長く私たちを養い続けることができるのかについて、どう考えますか。
ロビンズ それは私たち人間が必要と欲求の区別をどれだけつけることができるかにかかっています。どこまで「足るを知る」ことができるのか。お互いに助け合う公正な生き方ができるのかどうか。こうした非技術的な問題の方がより難しいのです。
 効率を高めることによって資源を節約し、世の中の対立や不公平を減らすことはできても、自動的に私たちの精神的な生活の質を高めることにはなりません。
幸田 ロビンズさんは将来に対して楽観派ですか。それとも悲観的ですか?
ロビンズ ジェイムズ・ブランチ・カベルという人が「楽観主義者は、自分たちは望み得る最高の世界に住んでいると言い、悲観主義者はこれでも最高なんだと嘆く」と述べています。私は両者は運命に屈していることのコインの裏表だと思います。未来は運命ではなく、選択するものだと私は考えています。私たちは、知恵を絞って、責任を持って道を選択をしなければならないのです。
幸田 とても興味深いお話をありがとうございました。

インタビューを終えて

 日本は資源に乏しい国と、言われ続けてきました。資源の意味を、石油、石炭、天然ガスなどとみれば、確かにそうなります。石油の輸入依存度は1992年で99.6%でしたし、エネルギー全体でみれば84%を外国に頼っているのが現状です。
 しかし、ロビンズさんが言うように波、風、水、太陽、地熱などを「ソフトエネルギー」として定義できれば、資源に大変恵まれた国に様変わりします。
 このように安全で、地球に負荷を与えない資源を21世紀の主流エネルギーとして利用することができれば、地球環境問題の大きな柱の一つである温暖化を含めて、エネルギー問題はだいぶ軽減されるでしょう。
 ただ、技術は問題解決の一部であっても、すべてではないのも事実です。ロビンズさんの言う「足るを知る」の実現の方が、私たちにとってより難しい本質的なチャレンジなのではないか、と思いました。(幸田シャーミン)



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